スパイスガールズ再結成!!思い出のイタリアにいた頃
スパイスガールズが再結成されましたね。
しかも、当初の報道では情報がなかったため、最終メンバー(Mel B/Mel C/Emma/Victoria)の4人かと思ってましたが、なんとGeriも含めた5人での再結成なんですね。何でもいきなりワールドツアーを行うとか・・・
ベッカムとヴィクトリアの熱愛報道がでたときは、まだ「ベッカム<ヴィクトリア」 の認知度だったくらいですからね。今や、すっかり「ベッカムの奥さん」扱いになっちゃいましたけど・・・
全世界的な人気を誇っていたグループもどの位の人気を再び得られるか注目です。
そんな私は、活動休止前はすっかりはまっていた人間でした。なんせ、ライブが結構かっこ良かったんですよ。今では当たり前になった、ステージの後ろの巨大モニターでのビジュアルだとか、ライブビデオの構成もすごくよかったなぁ・・・適度にメイキングとかが織り交ぜられたりしてて。
爆発した人気に合わせた、グッズ販売やキャラクター設定などのマーケッティングもすごく上手かった印象があります。
そして、私も思い出の1曲があります。
あれは、99年の事でした。ジェリがソロ活動の為に脱退してからの事です。ちょうどこの年の11月にイタリアに短期留学に向かったんです。就職をしてしまう前にどうしても、イタリアで語学を学びながら生活をしてみたくて、必死にバイトしてお金を貯めてフィレンツェのとある語学学校に通っていました。
イタリアでの生活は、本当に刺激的で周囲の人たちにも恵まれて楽しい日々でした。(そう言えば、浦和レッズJ2降格のニュースはイタリアで新聞で見ましたね・・・ 悲しかった。それと、日本で丁度「プッチモニ」が大ブレークした時に、フィレンチェの中心街にある、「プッチ宮」という歴史的建造物に「プッチモニ」と言うイタズラ書きをしてあるのを見て、あとで理由をしって、日本人として恥ずかしくなりました。)
朝は、お気に入りのバール(喫茶店)で、つたないイタリア語で、お店のおじいちゃんとやりとりをして、学校にいったら仲間とわいわいと騒いで、夜は学校の人たちと飲んだり、サッカーやバレーボール(で、結局その後飲む、ちなみにイタリア人もよくビールを飲みますよ・・・)。休日はセリエAやチャンピオンズリーグを見たり、近くの町に出かけてみたり。アパートに帰っても、ルームメイトのスイス人と色々語ったり、歌ったりしてました。本当に夢のような時間でした。
でも、何日かに一度、決まって一人っきりになる時間があったんです。
それは、コインランドリーに行くときでした。
洗濯物を抱えて、コインランドリーに向かい、たいして読むことのできない「ガゼッタ・デロ・スポルト」(スポーツ紙)とペプシコーラ(コカコーラより安いので)を途中で買って、1時間半くらいだったでしょうか、コインランドリーから離れずに過ごします。(置き引きとかが多いので)
新聞は直ぐに飽きてしまうので、いつもお店の中で流れている「MTV」を眺めながら、色々と考えていました。
就職まで半年、自由な学生生活も残りわずか。これからの人生や、学生のうちにやり残したことははいだろうか・・・ 日本ではみんな元気にしてるのか、彼女は変わらずに僕のことを思っていてくれるだろうか・・・ イタリアに来たことは正しかったのだろうか・・・ 残された時間の使い方はあっていたのだろうか・・・
そんな思いが募る頃に、いつもかかる曲がありました。ジェリの「Lift me up」と言う曲でした。日本でも、有線でいまでもたまに耳にします。この曲のイントロを耳にするだけで、今でも胸が締め付けられる・・・
SCHIZO-PHONICというアルバムに収録されています。
すごく、しんみりと、その時の自分にあった曲だなと思って聞いてました。
(中略)
No matter where we run 二人がどこに行こうとも
Who knows what we will become 二人がどうなろうとも
Is there a world we know どこかに世界があるのだろうか
Where life will naturally 自然な暮らしが流れていく
結局は、まだ若かったので、彼女への思いが募っていくのです。当時、まだ付き合って4・5ヶ月くらいの彼女が、冬休みに入ったらイタリアに来てくれることになっていました。でも、付き合いの浅さが仇になって、気が変わるんじゃないかとか、二人が自由に過ごせる時間を削ってまで、一人でイタリアに来て良かったのだろうとか、結論のでない考えを繰り返すのが、決まってコインランドリーの中でした。
その前の年に、別の子と付き合っていましたが、その時は逆に彼女の方がイギリスに留学してしまいました。9ヶ月という期間でしたが、僕は帰ってくるのを待ちきれずに別れてしまいました。そんな事もあったので、会うことの出来ない時間というのは、私の中で、1つのトラウマのように、大きいものでした。でも、イタリアへの留学は、最後のチャンスで絶対に外すことのできないものでした。
結局は彼女は来てくれたし、その後2年くらい付き合って結局はその子とは別れてしまいましたが、当時の僕の気持ちに共鳴してくれたのは、ジェリの歌でした。今でもたまに聞いては当時のことを思い出します。他にも思い出に残っている歌はいくつかありますが、やっぱい恋愛が絡んだ歌というのは、忘れられないですね。
当時は、ユーロに切り替わる前で物価も非常にやすくて快適で贅沢な生活ができていましたが、今はユーロ高で物価も倍くらいになって、まとまった時間もとれないので旅行くらいしかできませんが、いつかまた、イタリアで暮らしたいですね。
思い出の曲をiPodに詰め込んで。
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