ヒステリックグラマー 想い出ポロポロ
ヒステリックグラマーと言えば、言わずと知れた原宿系ブランド。
黄色い買い物袋を肩に掛けた高校生や大学生がとても眩しく見えて仕方なかった中学生のころ・・・
私は千葉の片田舎に住んでいたので、ビームスやユナイッテドアローズ、そしてヒステリックグラマーなどのセレクトショップやブランドの買い物袋を肩に掛けて歩いている人を見ると羨ましくて仕方がなかった。渋谷や原宿まで電車で3時間、片道2000円はする。往復で4000円を費やして、6時間を割いて行ったところで田舎の中学生にはとても手がでる金額ではなかった。
ファッション雑誌を眺めては、載っているブランドやショップ名を眺めて、その単価の高さに驚くばかり。その分憧れも募っていく・・・ 田舎物というコンプレックスも増していく。なんで、こんな田舎に引っ越してきたのかと、親を憎みそうにもなった、都会に住む若者が羨ましかった。早く、高校を出て上京したかった。地元が嫌いにさえなった。
サッカーがしたくてもサッカー部の無い中学校。Jリーグだって、簡単には見に行けない。好きなアーチストがいても、なかなかコンサートにもいけない。同じ千葉なのに、ディズニーランドにも、2時間半。多感な時期に校則で坊主にしなくてはいけない中学校。引っ越してきたから、地元の人の話す方言が聞き取れない、わからない・・・ 街を歩いても変化も刺激も無い・・・
「なんで・・・ 不公平だよ・・・」
いつもそう思っていた、だから早く大人になりたかった、この街を出たいと思っていた。
そして、僕は念願かなって高校を出て、地元を出た。
大学生になった僕は、遅れを取り戻そうと、必死になって都会の人間になろうとした。子供な僕の心の中では、「都会の人」が人間だった。早く人間になりたかった。だから嘘もついたし、見栄も張った。時間があればショップをまわった、人の何倍もオシャレをした。
勉強にもスポーツにもなかなか必死になれなかった何をやっても中途半端だった僕が、もしかしたら一番生きることに必死だった頃かもしれない。
きっと、自分がなりたかった「都会の人」にはなれたのかもしれない・・・ でも大切なものも沢山失った。
ある日突然、母から耳にした。「**くん、亡くなったんでしょ?あなたも事故には気をつけなさいよ」それは、本当に寝耳に水の出来事だった。
中学時代を一緒に過ごした、大事な仲間が僕の知らないうちに交通事故で死んでいた。僕が知ったのは2ヶ月も経ってからだった。地元の友人と会うこともなく、ちっぽけな虚栄心に苛まれていた僕には、誰からも連絡が無かった。後で知ったのだが、みんな「誰かが連絡したはずだ」と思って僕には連絡をくれていなかった、自分の親もだった。たった2ヶ月かもしれないが、その間に僕は、誰とも連絡を取っていなかった。大学の仲間と過ごすことに夢中になっていた。なのに僕は親を攻めた「なんで、連絡してくれなかったんだ」身勝手な話だった。僕の頭の中には、彼の笑顔ばかりが浮かんできて、泣いてしまった。
その時から僕は地元の人間と連絡を取らなくなった。そんな必要なかったのに、僕は自分を責めるしかなかった。もう、誰も僕を「仲間」とは思ってくれないだろうと思った。
それから何年もたって、仲間の絆の強さを知った。誰しもが、僕のことを仲間と思ってくれていて、葬儀にこれなかった事を心配していたことを知って、僕は自分が情けなくなった。強がっていた自分も、消えてなくなっていった。
そして、田舎で育った自分も好きになる事ができた。
でも、大学の頃、必死だったから、沢山の経験をした。遊びもした、サッカーも夢中になってした、バイトも夢中になってした、そしていくつものかけがえのない恋をした。
だから、今の自分がある。死んでしまった仲間も、会うことが出来ない仲間も、僕の中にはいつまでいる。僕が想い続ける限りは・・・
だから、必死になって生きよう。今は感謝しよう、サッカー部が無かったことに、坊主の校則に、片道3時間の道程に、変わることのない町並みに。ビームスにアローズに、そして「ヒステリックグラマー」に
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